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キラキラ 陽の光 キラキラ 感性

2015年05月13日 23:08

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先日の真庵お茶稽古のご参加の方から、いただいたメールの一部です。あまりにうれしいので、ちょっとだけご紹介。
こんな素敵な方々と一緒にお茶ができるのって、幸せです。女将小町プロジェクトが忙しくなっても、塚口真庵お茶稽古は、続けてゆきたいと願っています。

~~~
真庵のお庭には木々がたくさん植わっているので、風が吹けば葉っぱが一斉に鳴り、
森の中にある四畳半であるかのような感覚になれます。


小窓の簾を通して畳に映りこむ日の光と揺れる葉の影。
菓子器を次客さんへ送るとき、
森先生お手製のお干菓子、青カエデと波紋も
その畳の上の造形に溶け込んで、キラキラと輝いて見えました。

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その美しい揺らめきが消えていくのを見ることで、時計を持たない私たちは時の移ろいを知ることになります。
時間が自分の感覚とは違って、早く動いているように思いました。
精神や体はゆったりと弛緩しているのに、時はいつも通り正しく刻んでいたんですね。
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おもてなしは、楽し。

2015年05月03日 20:51

峯風庵の庭の手入れに、お二人のお友達がいらしてくださいました。

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庭師さんではないのですが、庭仕事にはちょっと自信あり(現役時代には、バリバリの大手企業の役員さんで、考えも及ばなかったのですが)の方が、じないまちに引越ししてきたときに、無残に壊されていた小さな庭を露地に復活させてくださいました。それ以降、峯風庵の庭は任しといて~~と。ありがたいことです。
すっきりと美しい庭によみがえりました。

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御礼に、手料理でおもてなし。女将小町プロジェクトの実験でもあります。(^_-)

女将小町プロジェクトというのは、私の本業のマーケティングプランナーの仕事です。
富田林じないまちの、重要伝統的建造物群保存地区の明治2年建築の古民家に移って、まる4年。
ゆっくり流れる時間、心地よい暮らしに、すっかりゆっくりしてプランナーの仕事をほttらかしにしていて、このまま小さくまとまって、歴史の町の茶人でいいかなとも思っていましたが、ご縁があって、プランナーの仕事を再開することに。

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女将小町プロジェクトは、大阪の街のあちこちに、風情あるどこか懐かしい路地のある飲食店街を展開し、そこにはサービス(知恵)だけではなく、おもてなし(心)のできる女将さんがいて、それぞれに個性ある美味しいお料理とお酒を楽しんでいただけると店づくりと女将さん支援を推進してゆくこと。現在4棟が年内に立ち上がります。引き合いも多く、さて、これからが大変。

チェーン店やフランチャイズの店が多くなって、ちょっと物足りなくなった、食い倒れ大阪の飲食業界に、微力ではありますが、「女将小町」という、小さな花を咲かせようと思っています。食文化が魅力の大阪の、昔ながらの良さを掘り起こし、新たな魅力をプラスしての大阪観光資源の開拓でもあります。なかなか就職が難しい中高年の自立支援の社会貢献事業としても位置付けています。人情・愛嬌・元気・肝っ玉…、大阪のおばちゃんの底力、みせたるで~~。っといったところでございます。(*^_^*)
茶道を通して、ずっと、おもてなしの文化を育んできた私には、はまり役かなとも思っています。

お茶の催しは、これから少なくなりますので、ぜひ、時間を作って、開催プログラムにご参加いただければ幸いです。
茶道は単なるお稽古事ではなく、真摯に生きる、自身の能力を最大限に生かしてよく生きるための「行」です。
ぜひ、ビジネスマンの方にも、出会っていただきたいと思っています。女将小町でアピールもいいね.(*^_^*)
茶道は、日本が世界に誇れる、世界が日本に求めている文化なのではないかと思います。これからも、何とか時間を調整して、ライフワークとして、ボツボツ、そして永く続けてゆきたいと願っています。
月のうち開催に2週間を要する、塚口真庵での茶事の勉強会は、しばらくお休みさせていただきますが、茶事は私のアイデンティティでもありますので、なるべく早く再開させていただけるように、頑張ります。

5月1日の、おもてなし。女将小町のメニューとおもてなしの開発の実験でもありますので、ちょっとご紹介させていただきます。

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お酒は奈良県吉野の北岡本店の「やたがらす」特別純米酒。以前からお気に入りのお酒だったようで、喜んでいただきました。
前菜は、直径30センチほどの古伊万里の大皿に、6種の盛り合わせ。焼き〆鯖の緑酢(きゅうりをすりおろしたもの)、鶏ささみの紫揚げ、トマトとモッツアレラチーズのカプレーゼ、焼きソラマメ、筍姫皮の梅肉和え、ふきのとう味噌豆腐。5品のつもりが、一品増えてしまった。)^o^(

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たっぷりの前菜を召し上がっていただいている間に、次の料理を用意する時間の余裕が生まれます。板前さんをおかずに、お店を運営するための一つの知恵です。
二品目は、北海道のせこ蟹。おっ、と歓声が上がる献立も必要ですね。

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次は、豚バラと新ジャガイモの、甘辛煮。味の変化を考えて、ここで煮たものを持ってきました。

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本日のメインは、めばるとほうぼうのアクアパッツア。和食の店でも、こんな献立も意外性があっていいかなと。

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根来のお椀物は、卵真蒸。蕗と木の芽が目に鮮やか。

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今年最後の筍になるかな~~と、筍3品盛り合わせ。筍をまず鰹をきかせて煮ておきます。一品はそのまま、二品目は天ぷら、三品目はバター醤油焼き。筍を堪能しました。

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〆は新生姜ご飯と黒門市場のお漬物。

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なかなか、いいコースになりました。女将小町でも、単価をそこそこいただかないといけないお店の献立を想定しました。
ご馳走感とほっこり感、そして器選びは重要です。お茶の道具は茶人の分身ですが、お店の器も女将さんの人生が顕われてると、会話も弾みますね。

私もお相伴して、楽しいお酒をいただきました。!(^^)!
ご感想お聞かせいただけると嬉しいです。

茶と禅

2012年09月13日 17:50

9月8日9日と、人間禅が主催する茶禅一味の会で、呈茶及び修業をさせていただきました。
たくさんの学びと気付きがあり、開催してくださった人間禅の皆さまに感謝。
人間禅の皆さま、お一人お一人の清々しさ、細部に渡った細やかなお心遣いに、感銘を受けました。
なかなか、ハードな2日間で、ちょっと体が悲鳴を上げています。笑。

2日間のプログラムを通して、お茶に関して感じたことは、茶禅一味の会であるなら、茶禅一味のお茶をしてゆかなければ意味はないのではということ。
禅初体験や初心者の私たちに手取り足取り、熱心にご指導くださったように、茶禅一味のお茶についても、少しレクチャーが必要かと思いました。
いわゆる巷の大寄せの茶会と同じような、悪しき慣習をそのまま持ち込むのなら、決して茶禅一味にはならないでしょう。

8日にご講演の京都大.学心茶会会長の倉澤先生のご講演の内容には、何度も何度も大きくうなずいてしまいました。禅の実践の場が茶道であるという位置づけは、私もそうであってほしいとずっと願ってきたことでした。

遊興や趣味の稽古ごと、高価な道具や着物を競うセレブごっこに成り果ててしまった現代の多くの茶の世界に嫌気がさして、お茶をやめてしまわれる人も多い(私も何度か止めようと思っことがありましたが、なぜかその度に引き戻されてしまいました)のですが、禅という切り口(既に私のお茶はその道を知らず知らずに歩んでいました)できちんと提唱できれば、お茶の世界で道に迷った人たちの「指月」の指になれるのではないかと、おこがましいことですが、少し勇気と元気も出てきました。

静座では、足が組めない、永く座っていられない、すぐに集中が切れて数字が数えなれなくなるなど、落ちこぼれ。でも、夜、寝ようとすると額のところに紫の光が一杯に沸いてきて、ちょっとチャクラが開いたようです。 
参禅は始めての経験でしたが、それは違うと全否定されたり、ちょっとしたヒントをいただけたり。普段の日常生活では最近大人が子供を叱らなくなって、叱られたことがなく大人になってしまっている人が多いですし、何かのアドバイスをするというのも余計なことかと控える傾向があります。私は、怒るのではなく叱らなければならないところでは叱ります。叱られた人は多くは私の前から去って行きますが、いつか、何年後か何十年後かにわかるときがあればそれでいいと思っています。私は弟子を取りませんが、今、私のお茶に御付き合いしていただいている若い人たちはほとんど、生まれてはじめて私に叱られましたという人が多いのです。叱るのは、ものすごいエネルギーと優しさが要ります。
あっ、話が脱線しましたが、この参禅は、今の社会が求めているものではないかと、ふと思いました。

修行の場ですので、写真はひかえさせていただきましたが、お許しをいただいて、参加した人に貸し与えられた四つの食器を包んで置いておくところを一枚パチリさせていただきました。 典座がおつくりいただいた食事、美味しくいただきました。
これだけで、簡素にして清浄な修行の場のイメージをお伝えできると思ったからです。

2012年9月

茶事をしている人なら、それほど驚かれなかったと思いますが、最後にお茶をいただいて残しておいた沢庵一切れで器をきれいにして、全て飲み干すのはかなりのカルチャーショックかと。でも、楽しかったですよ。
行方不明になっていた私の以前のブログがでてきました。そこに道元禅師と老典座のお話を書いていましたので、よろしかったら、クリックしてご覧ください。 
ブログ庵主ワールド・茶事・茶会つれづれ
http://blog.goo.ne.jp/hope-an/e/ec287c4ac4de2960b6743aff00f517e3

最後になりましたが、私の今回のお茶席を少しご紹介させていただきます。

出先なので、なかなかたいへんなのではありましたが、いつものように、灰型を作り、敷き香をして、炭をいれました。炭の還元作用と波動を起こす作用で茶室に心地よい場が出来上がります。釜の湯にも波動は伝わり、煮えのついた釜から気持ちのよい湯気が上がります。待香を入れて、お客様をお迎えする清浄な空間が出来上がり、お客様を静かにお待ちします。

床には、人間禅の創始者 耕雲庵英山老大師の墨蹟「和気満堂」を。
花は、この日のために山からいただいてきた、細ススキやシオン、しゅうめい菊などひそやかなで可憐な花を時代の虫籠を花入に見たて入れました。花は亭主が自らが必ず入れます。床の花は人間性や人格をそのまま映し出してしまうものです。横に飾った香合には、こおろぎの蒔絵。虫籠から逃げ出した虫の姿に何を感じますか。私は、ちょっと心の琴線が小さな音を奏でました。

私が40歳でお茶と再開したとき、師匠に言われた言葉が「小さな茶室に、大きな禅寺の七堂伽藍が総て入るような大きなお茶をしなさい。」でした。
まさに、求めるお軸をお貸しいただけて、この言葉を皆さまにもご紹介できました。
私も常々、お茶と禅はニアリーイーコールということをお話していますが、同じところ、少し違うところなど、折々のお話に組み込ませていただきました。
宇宙観に基づき創造されたお茶は、その偉大な力や思想が道具や所作などに潜んでいます。

まずはじめにご紹介したのは、柄杓と北斗七星のお話でした。道に迷ったとき、夜空に柄杓の形の北斗七星を見つけます。柄杓の合の部分をそのまま5倍延ばしてゆくと北極星が見つかります。北がわかると自分の立ち位置がわかり、進むべき方向もわかります。お茶って、一言でいうとこういうことなのです。

お茶は待合から茶室に入り、茶会が進み退出するまで、全て、亭主がその日のために心入れしてご用意したもの(これがお茶でいうところの行です)です。私は、いつもそのときできる精一杯を誠心誠意と思っていますので、このお茶会が無事済んだらこのまま死んでも何の悔いもないのです。
お茶は遊興でも趣味でもなく、生き方ですので、私のこれまでの全人生を背負って(そのために茶人は茶室では色無地一つ紋の着物を着ます)、点前座に座り、私の人生の中でご縁があった私の分身の一つ一つの道具とともに、一人一人にお茶を点じて、おもてなしをします。
道具はモノですが、そのモノが多くのことをお客さまに語りかけています。
出来れば一つ一つ、そして、オーケストラのシンフォニーのように全体で奏でるその日の道具組みで作り上げられた世界を感じ取っていただけたら幸いです。

裏千家は離れましたが、裏千家のお席ということでしたので、なるべく裏千家らしいお道具をと、棚は、裏千家今日庵の茶室溜精軒の下地窓に使われている、とれた柄杓の柄を再利用して作られた(リサイクルです)溜精棚を、棗には圓應斉が好まれた宇宙の9つの星をあらわす亀蔵棗を使いました。

水指は、ご懇意にしていただきましたが今は亡き信楽の作家、古谷道生さんの伊賀の桃山写しの破れ袋。この水指はどんな道具を隣や前においても、その道具を素晴らしく生かしてくれます。お茶の道具は一つではお茶は出来ません。それぞれの道具がそれぞれの役割をしっかり担ってはじめてお茶になり、互いに生かし合える道具が素晴らしいと思っています。茶碗は、赤膚の奈良絵茶碗(お釈迦様の生涯を描いた過去現在絵因果経の絵が描かれています)、色絵南蛮人(お茶を集大成した堺の千利休とキリスト教の関係性)、中国の明の時代の染付花文様、韓国李朝の300年ほど前の御本茶碗。茶杓の銘は「幸」でした。

お菓子は、堺に注文した「利休古印」(納屋判と竹判)そして、私の峯風庵(英語でホープと発音していただけると希望です。明日への希望となるようなお茶をしてゆきたいと願っています)があります、大阪府で唯一の重要歴史的建造物群保存地区の室町後期に作られた宗教自治都市「じないまち」の現存する江戸時代の建築を焼印で紹介した「じないまちせんべい」お持ちしました。ちょうど、じないまちが出来た頃に堺で利休さんがお茶を集大成しておられます。

お茶席では、主客の心の交流がなされ、主客で一期一会の世界を作り出してゆきますので、はじめてお目にかかった方々とも、コミュニケーションを図ることができたらと
このような、お席をつくらせていただきました。

私はこれからも、利休の頃のダイナミックで創造的なお茶の姿を取り戻していけるよう、また、お茶の道をテクテク歩んでゆこうと思います。そして、西欧や中国、韓国などかつていろいろな文化を学ばせていただきながら、茶道という人間形成の文化、LOHASという持続可能な社会をつなぐという生き方を、今度は世界に向けて発信し、お返ししてゆくことが出来たらと、大きな夢を持っています。

茶会が終わって、皆さんが退出されてから私も記録の写真をとっておこうと思ったのですが、予定外のお客様が乱入されて、次の流派のお茶席の準備もあるので、大慌てで点てだしまがいのお茶を差し上げましたが、本意でないお茶を差し上げなければいけない状況は、いやなものですね。そんなわけで茶室の写真はありません。どうぞ、私
が創造したお茶を世界を、この文面から想像して、お茶力を鍛えてくださいませ。笑。

さあ、次は、私の一番の大事な使命、塚口真庵での茶事塾が待っています。やはり、お茶は茶事をしないとその真髄が見えてこないので、一人でも多くの方にお伝えしてゆきたいと願っています。気合を入れなおして、車一台分の荷造り開始です。

http://www.wa-no-kokoro.jp/
<和の心>茶道・茶事・茶人の世界ホームページ

優しいお茶

2012年05月25日 19:52

5月9日に、知的障害のある方々へのお茶席体験会をじないまち峯風庵で開催させていただきました。
はじめてのことで私もあれこれ思い悩みながら、当日を迎えました。
お茶席では誰もが平等で、それぞれが互いに相手を尊重しあいながら、一緒に素敵な時空を作ってゆきます。
結局は、今日のお客様が特別なのではなくて、私にとってはみんな特別な大事なお客様です。いつもと同じでいいんだわと。
香を焚き、花を入れて、神様仏様をお迎えするのと同じように、心を込めて。
一人一人の目を見つめて、今日このときを一緒に楽しんでと。
参加者のお一人が、いつものの生活はアメリカみたいで、日本のことがよくわからないと。
反応してくれたことがうれしくて、和の意味を優しく解説(うん、出来たと思う)、一人一人が違っていることが素晴らしいと言う話などさせていただきました。
途中、お茶をたてるということも皆さんにしてもらいました。お茶とお菓子が美味しいといっていただいたのもうれしかったです。みんなと一緒だから美味しいのよね。
道具に拝見もしっかりやりました。知識だけでなく、感性や心が大事なことも伝わったようです。
茶杓の銘は「幸」。ハンディを持って生きてゆくのは、大変かもしれないけれど、今日であった方々に、これからの人生が幸せでありますようにと願って。
じないまちのボランティアガイドさんに、町も案内してもらいました。
おとづれる人に優しい町だからこそ、こんなこともできるのだと、じないまちに感謝です。
この町に来てから、私のお茶もだんだん優しくなっているような気がします。

茶々とお茶

2011年09月28日 02:25

9月8日に、14年間連れ添った愛猫の茶々が天国に旅立ちました。
亡くなる前日まで、玄関まで出迎えてくれて、お風呂やトイレまで、何処でも私の行くところにヨロヨロする足で付いてきた茶々。
じないまちに引っ越して、家にも慣れて、階段ダンスの上でお昼寝したり、本箱の置物の猫ちゃんの隣で同じように置物のように固まっていたり。お風呂場のタイルの上も好きでした。怖がりで人になれなかった茶々が、じないまちの古民家では、訪れる人にちゃんとご挨拶に出てきて、玄関の暖簾の下からちょこっと顔をのぞかせてお見送りもしてくれました。じないまちの招き猫の働きに、私もびっくりしていました。
猫は大事に育てたら20年は生きると聞いていたので、まさか、こんなに早く逝ってしまうなんて。
じないまちに引っ越して5ケ月です。なんとなく痩せてきたなとは思っていたのですが、きっと夏バテだろうと、軽く考えていたのが悔やまれます。
公園に捨てられていた茶々が、うちにやってきて、貰い手を捜したのですが、黒猫であんまり可愛くなくて、おまけにゴンタ。結局貰い手がなくて、一週間一緒に暮らしたら、手放せなくなりました。
猫の育児書を2冊読んで、悪戦苦闘。いい子だね、可愛いね~~と育てたら本当に可愛い猫になりました。
ちょうど、茶々がうちに来た頃、師事していたお茶の師匠と考え方の違いがあり、お別れすることになり、自分自身のお茶をはじめました。お別れする前に、師匠が、猫に会いたいと、めったに弟子のところには来られないのに、うちのマンションに出向いてくださり、茶々を抱っこしてくださいました。
8日は汎庵茶事講座の初日、ご飯を食べない茶々を残して、早朝に家を出て、万博跡地の日本庭園に。帰ったら、病院に連れて行こうと、後ろ髪を引かれながら。
茶事講座は、夕去りの茶事の勉強会。蝋燭の灯りのもと、指月の話をさせていただき、お茶の目指すところ=月を指さして導いてくださる師匠のことなどお話していると、急に師匠に抱かれた茶々の姿が浮かんで、大きな悲しみがやってきました。きっと、このときに、茶々の命は消えたのでしょう。
急いで帰ったら、いつも私が座っている場所で、冷たくなっていました。きっと、私を探したのだろうと思うと不憫でなりません。
14年前。
自身のお茶の道を歩みながら、ボランティアで茶事の指導を始めたのも、この頃でした。
その間、茶々はづっと傍にいて、見守ってくれていました。悲しいことがあったときには、そっと膝に乗って、鼻の頭をなめてくれました。病気で寝込むことがあると、枕元で、まるで悪いものを引き受けてくれるように、うずくまっていました。
じないまちの古民家で、これからのお茶を展開してゆく空間がようやく形になった今、
茶々は、もうこれで自分の役割は終わったと思ったのでしょうか。
今年の十五夜は、12日でした。じないまちの空に、今年はひときわ美しい月が昇りました。
見上げると、帝釈天と兎のものがたりが、茶々にかぶってしまいました。
「お母さん、じないまちに来れてよかったね。もう、茶々がいなくなっても大丈夫だね」
美しい月の輝きは茶々の気持ちのように感じられました。
今も、朝、茶々の足音で目が覚めます。もういないのに。
いつまでもメソメソしていてはいけませんね。
じないまちのために考案した箱火鉢のお茶。これから、多くの方に楽しんでいただけるよう、お母さんはもうひとがんばりです。
茶々、安心して眠ってくださいね。


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