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じないまち峯風庵 西行法師と桜 夕去りの茶事

2015年04月08日 16:04

4月4日。
今年も桜が早く散り始めました。
風に散る、じないまち興正寺の桜をながめながら、じないまち物語 西行法師と桜 夕去りの茶事に心をこめます。

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一昨年の西行法師の生涯、昨年は僧としての西行、そして、今年三回目は、歌にスポットを当てて、一期一会を創造したつもりです。

    春風の花を散らすと見る夢は
         さめても胸のさわぐなりけり  


雨の予報でしたが、奇跡のように雨はふりませんでした。西行法師のご法力があらわれたかのよう。

今回の茶事の準備の中で、なるほどと納得したことがあります。
西行法師の晩年、17歳で出家したばかりの明恵に、自身の歌について語ったことが「明恵上人伝記」に残されています。
~~歌人が、花、ほととぎす、月、雪など、この世のさまざまな自然の姿に興味を覚えて歌にしても、それは嘘偽りである。自分は、歌一首読むときには仏を一体作るように、一句思い続けているときには、難しい仏教の経典を一巻唱えるのと同じように、精進している。そんな境地に達しないで、みだりに歌を詠むなら、邪道におちいることだろう。~~
自然はそれだけで美しかったり、畏敬の念を抱かせたり・・・。しかし、それを自身の思いや生き方を通して、歌という31文字に閉じとめたとき、自然のあるがままよりも、なお一層心を打つものになる。
茶事もまた、亭主の人生や人格、物の感じ方や考え方を通して、小さい茶室に自然の風情や物語を閉じ込めます。たぶん、今どきの茶道が面白くないのは、単に季節のものを道具に使うだけで、亭主の人となりや創造性、自然界にあるよりも、一層の美しさや気づきや感動を表現できていないから。西行が言うところの邪道のお茶(本来のお茶の精神が息づいていないもの)がお茶だと思われているからかもしれません。
お茶というと点前稽古のことだと思っている方が多いのですが、それはお茶全体の中でたぶん2割くらいのことかと思います。後の8割を目指すことによって茶道は命を得ます。
毎回の茶事で、いかにお客様をおもてなしするかを考えながら、西行の歌のごとく、その時空だけに存在する芸術=悟りへと近づく道(?)を探っているのだなあと、今回はぼんやり見えてきたように思いました。
西行の歌一首、茶事の一期一会、相通じるものがあるように思えました。
西行の悟りの世界は月に例えられたいることが多いようですが、茶道もまた、月を目指します。指月の月です。
西行法師と出会えて、今年はしみじみ、よかったなあと・・・。

さて、今回の茶事。すべてを文章にするのは難しいのですが、私の覚え書きです。

    ほとけには 桜の花をたてまつれ
          我が後の世を人とぶらわば

夕去りの茶事では、初座が陽で、床には花をいれます。山桜か、せめてソメイヨシノのはかなげな桜を入れたかったのですが、探し回りましたが八重の桜しか手に入らなくて・・・。せめても、墓参りを思わせる、竹の手桶に水をたっぷり打って、大ぶりな枝をいれました。西行さんも楽しんでくださったでしょうか。茶事が終わってから写真を撮りました。

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初炭では、「空」の文字のある萩焼きの香合を使いました。先週の塚口真庵の茶事の勉強会「弥生桜の茶事」では「そら」と読みましたが、今回は「くう」と読みました。茶事が終わるころには、何かがお客様に伝わっていればうれしいのですが。

稽古茶事ではないので、写真はとれませんでしたが、懐石はちょっと水屋で撮影ができました。
向付は、春になると美味しくなる貝と独活、柑橘類の文旦などの和え物。花山葵を添えました。とっておきの6世乾山、三浦乾也(江戸末期~明治)の重貝の器を使いました。

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煮物椀は、峯風庵一押しの黄身真蒸。何年か前に雑誌の茶事特集で、某有名茶懐石のお店と私がそれぞれに懐石フルコースを作り、編集者がそれぞれ選んで茶懐石のページを作りました。その時、茶懐石の花と言われる煮物椀は私のものをえらんでいただきました。その折の煮物椀です。黄身真蒸は、今回は満月を思っていただけるよう茶巾絞りの下の丸い方を上にして盛りました。椀は江戸時代の吉野碗。傷みや繕いのあとがありますが、江戸時代のおおらかな桜をモチーフにしたお椀は、現代の作家さんでは出せない味があります。

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焼き物は、桜鯛の塩焼き。春らしい黄瀬戸の器に盛って。

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強肴は、これまでの余った食材を使ってお出しするのがお約束ですので、鯛の子、菜の花、新ワカメ、そして走りの筍、たっぷり木の芽。器は和三彩の鉢です。

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お酒は、琵琶湖の南にある北島酒造の生酒「春」。お酒通のお客様から、ああ、その蔵元は滋賀県で一・二と言われているところですよ・・と。別なお酒を用事していたのですが、このボトルに心魅かれて、急きょ取り寄せてよかったです。

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主菓子は、手作りの練り切りで「桜川」を。中には桜餡を入れました。

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中立ちのあと、喚鐘でご案内して、後入り。

      分け入れば やがてさとりぞあらわるる
            月のかげしく雪の白山

床には、「円想」。手燭の蝋燭の灯りでご覧いただきます。
心中に満月が上がり、白雪に覆われた山々を明るく照らし始める。
西行法師は30年間、高野山にこもり、真言密教を究められ、月輪観を体得されたそうです。
西行の悟りの世界は、あかるく透明で、涼やかな世界。仏教の修行とともに歌を究めることで、その悟りへと到達しています。

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      風になびく富士のけぶりの空に消えて
            行方も知らぬ わが思いかな

西行法師終焉の地、弘川寺を訪れて、記念館をご覧いただいた方には、あっと、思っていただけたかと思います。富士見西行の絵の数々。探幽の絵も富士を眺める西行の旅姿です。
水指はブルーの富士。濃茶椀は、真っ白な粉引です。茶入れは、私が初めて茶事をさせていただいた大宇陀の禅寺で師匠から「悠久」という銘をいただいたもの。
私なりの西行法師のイメージです。

     にほてるや なぎたる朝に見渡せば
            こぎゆくあとの波だにもなし

亡くなる半年前、西行は比叡山無動寺に慈円を訪れています。一泊して、帰途に就く朝に、琵琶湖を眺望して詠まれた歌です。
朝凪の静寂な湖を漕ぎ行く舟の後には浪さえもない。私の心はかくのごとく空寂です・・と。このとき、「空」を悟ったと言われています。初炭の香合の謎解きです。

     ねがはくは花の下にて春死なむ
           そのきさらぎの望月のころ

折から、4日は満月、皆既月食でした。茶事が終わると、小雨が待ってくれていたように降り出して、満月は見えませんでしたが、800年以上も前に、私の庵のすぐそばで亡くなった西行さんのことが、なぜか懐かしく心が動きました。
この日の茶事のお客様のために求めた棗には、金銀の短冊と月と雲の蒔絵。小さな銀の粒は雪を現わしているとか。そして、できすぎやろうと思うのですが、桜拭漆という塗がかかっていました。道具たちが物語をしてくれる、私の物語の茶事に、まるでオーダーしたかのような棗。これも、西行さんのお導きかも。茶事のラストを飾ることができました。

席中でご紹介できなかった歌で、私の大好きな歌があります。西行さんの気持ちがいとしいです。

      ちる花の 庵の上をふくならば
            風いるまじくめぐりかこわん
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