じないまち物語・狐伝説 夕去りの茶事 レポ

2016年07月10日 14:05

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7月6日。じないまち物語・狐伝説 夕去りの茶事。
金沢から、素敵な茶人さん3名様にお越しいただき、また、親しくさせていただいている関西のお二人にお付き合いいただいて、また、一つ、じないまち物語の茶事を創造することができました。
西行法師と桜の茶事に並ぶ、峯風庵ならではの茶事になったかなと。
お客様のおかげです。
その時できる精一杯で、美しい世界、深い世界をご覧いただきたい、そこに集う方々との関係性の中でより広い世界を作り出したいとの私の思いを、しっかりと受け止めてくださいました。

夕去りの茶事ですので、初座の床には、花。狐伝説にちなんで、碁盤の上に花を。お酒でも飲み交わしながらの囲碁ではなかったかなと時代の瀬戸のとっくりに、縞葦、夕霧草、ほんの少し紫の斑の入った桔梗をいれました。狐伝説の茶事の始まりです。
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じないまちのはずれにある、小さなお稲荷さんにお参りして、さてどのような茶事にしようかと、構想一ヶ月半。時間的には練り上げるには足りなくて、少々焦っていた時に、まるでお茶の神様が助けてくださったように、セブンイレブン記念財団が発行している「みどりの風」という冊子をお持ちくださった方がいらっしゃいました。寺内町の近くの里山の保全活動をされている方で、初めてお目にかかった方です。特集「民話の中の里山」の書き出しはこのようになっていました。
「各地に伝わる民話をひもとくと、どの物語にも異界の物に対する畏敬と慈愛のまなざし存在していることがわかる。
かつての日本人ならごくふつうに持っていたはずの自然と共生する感性を、現代人はどこへ置き忘れてしまったのか。」
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続いて、哲学者の内田 節氏の著書「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」が紹介されていました。
1965年(昭和40年)を過ぎると、日本中から「キツネにだまされた」という話がまったくなくなったと。高度成長期の社会の中で人間が経済的動物に変化し、自然とのコミュニケーションをとれない生き物になったからだとか。このころから人間は、自然を人間にとって有効な機能としてとらえるようになり、開発によって経済効果をあげたほうが有効であるという路線をとってゆきます。でも、日本の自然観はそのようなものではなく、社会は自然と人間(死者もふくむ)によってできていて、隣の人が暮らすように、里山には狐が暮らしていました。隣の人に声をかけるように、狐も人間に声をかけて来る。死者は山や森に帰り、魂を浄化して神や仏になり子孫を守る。
1965年あたりを転機に、こんな世界観や生命観が消えて行き、功利主義や合理主義、科学主義、経済主義などに包まれて、物語を生み出せなくなってしまった。

昭和40年ごろ、私は中学生で田んぼの畦道を歩きながら学校に行ったり、川の土手で遊んだり。そして、東京オリンピック、大阪万博と時代は変わってゆきました。
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長い説明で申し訳ないのですが、じないまちでは、今現在でも普通に狐に化かされた話をされる方がいらっしゃいます。実は私も慣れ親しんでいる町なのに夜には時々、同じところをくるくる回って家に帰れないことがあって、あっ、狐さんやと思うことも。
小さな町の中には、お稲荷さんやお地蔵さん、白龍大神、戎さん、お薬師さんなど小さな祠が八つ点在していて、お花などが供えられています。早朝に目覚めたときには、近所のお寺に朝参りされるお年寄りの姿も見受けられます。
江戸・明治の町並みが広域に残るじないまちでは、時間がゆっくりと流れ、ご先祖様や自然との良き関係が続き、物語を紡いで行ける可能性を残しているのかも。
伝説として残っている、西方寺さんのご住職と囲碁を楽しむ狐がいた話、すぐそこを流れる石川で傷ついた狐を助けたおじいさんとおばあさんのお話。その狐の傷が癒えて、篝山の狐のもとに嫁いでいったときに、狐の嫁入りのかがり火が見えたとか。
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なにもかも、ひとくくりにしてしまうのでななく、いろんな選択肢があるほうが、社会も人生も豊かになります。狐に騙されていた時代って、本当は幸せな時代だったのかもしれません。

幸せが取り戻せるかもしれない、じないまち。ここははどこにもないちょっと不思議なワールドです。大事にしてゆきたいですし、世界に向けても大事なメッセージを発信できる町です。
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私も若いころにはバブルの絶頂期で仕事を山ほどこなして、経済主義の世界を助長させていたのだと。なんとなく違うよねと言う思いで、茶道を通じて日本の心を取り戻しながら、少し立ち止まることの大切さ、少し後ろを振り返って忘れ去られようとする大事なものやことを見つけ出す。そして、茶道の中でメッセージとして発信することを始めました。物語(次代へのメッセージ)を生み出せる幸せの町=じないまちに、流れ着いた古狐。ひょっとして、それが私。じないまちで出会う人も、あれ、ひょっとしてこの人も狐?なんで思うことも。里山のキツネの話の冊子をもってきてくださった方も、狐さんだったかも。

そんなファンタジーのような、じないまち物語をいつか書いてみたいと思っています。

茶事の終盤には煙草盆をお出ししてゆっくり薄茶を。火入れは、暦手です。労働生産性を上げるため、労働者を管理するために作られたカレンダーではなく、お茶の世界では普通の暦の暮らし。四季折々の自然の美しさ、太陽と月の運行の中で粛々と営まれる日々の生活。今、ここに生かされている幸せに感謝し、皆さまの幸せな暮らしが未来永劫続きますようにと、霊力があるといわれるお狐さんに祈りたい気分です。

じないまち物語・狐伝説 夕去りの茶事は、これから、もっと練り上げて、皆さまにお楽しみいただけるようになりたいと思っています。蝋燭の灯りが幻想的な夕去りの茶事で、ぜひ、物語をご一緒に。
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