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2013年5月の塚口真庵茶事塾(茶事勉強会)見立ての楽しみ

2013年07月17日 00:23

塚口真庵での茶事の勉強会は、概ね、最終週の日曜日と月曜日に開催していますので、初風炉という感じでもないので、さて、どのようなおもてなしの世界を作ろうかと頭をひねっていましたが、日頃、考えている見立ての茶道具のあり方について、皆さんとお話がしてみたいと思い、実はたくさん持っている見立ての道具の中から会記を作りました。
お茶の成立当時は、中国からわたってきた道具を用いていた日本の茶道。集大成をされた利休居士は、日本人の感性にフィットする茶道具を韓国やルソン、アンナン、カンボジアなどの雑器の中から見立て、茶道具として取り上げました。見立ては、本来の用途ではないものを創意工夫で代わりに使ってみること。
先人が見立てたものが、茶道具として広く認知され、定着したものが取り上げです。アンナンの小壷を茶入に使うことは昔からよくなされていますが、島ものとして「行」の格が有る道具として今に伝わっています。
見立ては、自分自身で発見したり、工夫したりして使うから面白い。
茶事の道具組は、待合から始まって、懐石道具、炭道具、そしてお茶道具のすべてが、一つの世界をシンフォニーのように構成しています。そのハーモニーを壊すような物、気をてらったもの、すぐさま見立てとわかるようなものは、私はあまり好みません。
このあたりの判断が難しいところですが、見立てを使うなら、単に安価だからとか、びっくりさせてやろうというような意図で使うのではなく、ここでこれを使ったら通常のお茶道具より素敵な世界ができるという気持ちで使ってほしいと思うのです。見立てるのは亭主ですから、亭主の考えやセンスが表れますので、見立てを使うときは、それなりの覚悟を持って使っていただきたいと思います。
今回の茶事塾では、見立ての勉強ということも合って、たくさんの見立ての道具を使いましたが、一度の茶事であまり数多く見立てを使うのも、ちょっと危険。お茶の席がうるさく感じられてしまいます。
今回の見立ての道具を少しご紹介します。さて、私の見立ては、許される範囲でしょうか?
待合の掛け物は、自戒の念もこめて・・・
「規矩作法 守りつくして破るとも 離るるとても 本を忘るな」   紹尚 和尚
利休百首 の色紙。
初入りの棚には、ポルトガル製の鉢を水指に見立てたもの。緑もえる五月の気分です。
懐石の強肴の鉢は、トルコ製のトルコブルーの五月の風を思わせるもの。 
炭手前の炭斗は、インドネシアのロンボク島のアンティークの足つきの籠。足の部分にはキンマの蒔絵があります。昔のキンマの干菓子器が数百万円していてびっくりしたことがありますが、このキンマもとても美しいものです。 
後入りの床には、魚篭を花入れに。実は、これもバリ島で数百円で購入したものですが、とある茶道具屋さんで28000円の値段が付いていて、これにもびっくり。
濃茶の茶入は、海上がりのアンナンの小壷。これは茶道具として販売されていたものではなく、骨董屋さんの店先にあったものに、牙蓋をオーダーして、仕服も手持ちの帯地の切れ端を使って仕立ててもらったもの。自分好みに道具を作り上げてゆくこともとても楽しいことです。
蓋置は取り上げの道具の馬鈴です。
薄茶の煙草盆には、古い唐津を。これはいつの時代かの茶人さんが、向付の器が一つ離れたものを茶碗にされていたもので、紫の仕服に包まれて黒柿の箱に大事に収められていました。私は、火入れにしたほうが面白いかなと。茶道具も、こうやって時代を超えて、生かして使われてゆく。素敵なことだと思います。
お茶道具は高価なので、自分の道具は持たないという方もいらっしゃるのですが、道具は自分の分身ですから、自分の道具を持ってはじめて自分がわかるということもあります。
創意工夫で見立ての道具を探すのも、楽しいですよ。
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