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6月9日 じないまち物語の茶事「夕去り」

2013年07月17日 00:26

まるで奇跡のように江戸・明治の町並みが残る富田林じないまち。
100近く有る国が指定している重要伝統的建造物郡保在地区の中で、今も人が住み続け、作り物の観光都市にならないで、歴史と文化を継承し続けている不思議な町です。

じないまち物語り6月九日


戦国時代末期の騒乱の時代に、寺を中心に平和な暮らしを求めて、都市計画にもとづき作られ、自治都市として独自の運営がなされた、その気高いDNAが、今も住み続ける人々のご努力につながり、このような形で残っているのではと思ったりしています。

じないまち物語り6月九日


訪づれる人々に心の落ち着きや癒しをもたらしてくれ、西欧化や高度成長の中で簡単に切り捨ててしまって、いまや風前の燈のような昔の生活の知恵や風習などに、はっとする気づきや発見がある町。忘れていたものに出会って、心に小さな灯りがともるような気持ち。何か幸せな気分になります。
日本人の心を育んできたよき伝統。伝統は仏教の世界では伝燈と書かれることがあるそうです。伝統の灯を灯し続けるには油が必要です。昔のよき伝統に現代の油を使って灯し続けてゆく。現代の私たちにも歴史をつむいでゆく責務があります。
ここ、じないまちは、皆様のご努力によって町並みは美しく保存されていますが、生活文化の継承という点では、今少し、試みが必要かと思っています。
混沌とした現代、じないまちの果たす役割は大きいと感じます。

今川義元と織田信長の桶狭間の戦いのほぼ2年前に成立したじないまち。その頃、ここからほど近くの交易で栄えた自治都市堺では、茶道を集大成された千利休26歳。お茶の世界でメキメキと頭角をあらわしてきたころです。
じないまちでは、流派に分かれる前の茶道が盛んであったとのこと。

私も利休の頃の創造的で凛としたお茶の世界を目指して、流派にとらわれないお茶の道を歩んでいます。
茶道は江戸時代の精神文化や生活文化を今に伝えていますので、じないまちが今に果たす役割を、お茶の正式なおもてなしの茶事という形で、皆様にお伝えし、心ある方々がじないまちに集い、じないまちの皆様と心の交流ができたらと夢見ております。
人が大勢押し寄せては去ってってゆく町ではなく、何かを求めてこられる方に、単なる観光都市ではなく、感動や気づきを提供し、それぞれの方がそれぞれに大事なことを見つけていっていただける場になればと。そして、一緒にじないまちを守り育てていただければとてもうれしいことです。
今も、少しづつですが、日本のあちこちから、また海外からも、じないまち峯風庵のお茶の世界を楽しみにいらしていただくかたがいらっしゃいます。
今後さらに、じないまちからのメッセージをこめて、またお客様にはじないまちを十分にお楽しみいただけるような、「じないまち物語の茶事」を展開してゆきたいとおもっています。

今回第一回目ですが、なんとか心と形が整いました。
私のこれから目指すお茶の道も一本すっと通った気がします。
前置きが長くなりましたが・・・・。

当日は、じないまち観光ボランティアさんの案内で、じないまちの成り立ちや、今に残る古民家の特徴などをご案内いただき、お客様の心に留めていただき、峯風庵夕去りの茶事の席入りです。

夕去りは初座が陽ですので、床には花を入れます。
花入は古瀬戸のとっくり。20年ほど前に骨董屋さんで話し込んでしまい、手ぶらで帰れなくなり、手持ちのお金で買えるこの徳利をいただいて帰りましたが、ようやく出番がやってきました。
酒造りで栄えたじないまちを偲んででいただければと。

じないまち物語り6月九日

じないまちでは、今出来の道具ではなく、時代を経た落ち着きのある道具が似合うと思い、あれこれ取り合わせてみました。
懐石では、地元の食材をなるべく生かし、懐かしさを感じてもらえる料理を。もともと、茶懐石料理は、大阪の堺の茶人さんたちの間で作られた戦国時代・江戸時代の料理が基礎になっていますので、じないまちにはぴったりです。
本日は地元の千両茄子を揚げたものをお汁に。じないまちの大店の井戸からは大判小判が沸いてくるという言い伝えから、千両茄子というネーミングになったのかなと思っています。強肴には、じないまちの名物粉豆腐というお料理をお出ししました。じあいまちの中を高野街道が通っており、高野山につながっています。高野山で造られていた高野豆腐を四角く切りそろえた跡に残る粉ももったいないから食べましょうということで作られた料理と聞いていますが、食べ物は無駄にしないという当時の商人の考えが伺われます。かなり手間がかかる料理ですが、とても美味しいので、皆さんびっくりされていました。
濃茶は祇園辻利の銘「壷中の昔」。まるで壷の中に異次元の世界がすっぽり入っているような、じないまちにちょうどよい銘のお茶を使わせていただきました。
古袱紗は、じないまちの旧家の藏から出てきた、昔の河内木綿のつぎはぎのある布地の痛んでいないところをとって、チクチク針を動かし作りました。針仕事は苦手なので、きれいには仕上がりませんでしたが。
蓋置には馬鈴を使いました。じないまちのあちこちに今も駒つなぎの石が残っています。
棗は時代の偲ぶ草の蒔絵。昔を偲ぶという意味と、江戸の風物詩の吊偲ぶという風流な文化をご紹介したくて。昨年から、じないまちでも、涼音飾というネーミングで吊偲ぶを古民家につるしてくださっています。
季節季節に道具や茶懐石のメニューも変わってゆきますので、じないまち物語の茶事に、是非、お付き合いくださいませ。

じないまち物語り6月九日

次会は8月31日(土)じないまちの夏の風物詩「じないまち燈路」の日
           峯風庵 じないまち物語 夕去りの茶事 午後4時半お席入り
じないまち一帯に千基以上の燈路が飾られ、幻想的な灯りの世界をお楽しみいただけます。
峯風庵の茶事も後座のお茶は、蝋燭と短檠の灯りでお楽しみ下さい。露地には峯風庵名物の狐の灯りが一杯。茶事が終わって、外にでれば、町中が燈で一杯です。峯風庵の前あたりもメイン会場の一つです。


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