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リクエスト茶事勉強会

2011年08月31日 02:29

今月25日、茶事の勉強会をリクエストいただき、森ノ宮カルペディエムで、野分の頃・正午の茶事を開催。
カルペディエムには、懐石道具もないし、調理器具もほとんどないので、荷造りがたいへん。帰ってきた荷物の山を見て、ため息ついてしまいました。出張指導は、とても体力を消耗してしまい、翌日は500円整体に駆け込みました。笑。

何かと準備不足で、大慌てしたこともありましたが、ご参加いただいた方たちは、皆さんとても熱心で、それに皆さん、顔なじみでもあるので、とても楽しくて。前日からみっちり茶事の準備もしていただきました。準備が始めての方は、茶事ってこんなにも大変なんですね~~と驚いておられました。
茶事はお客さんだけやってると見えないことが一杯あります。
やはり、私は水屋の勉強をしてくださる方が、一番好き。
茶事が出来る人が増えて欲しいのだけれど、そのためには、もっともっと実践的に指導がしたい。
今回のカルペ茶事では、てんてこ舞いしながらも、精一杯のことを皆で一緒にやれたという達成感があって、谷町での茶事の真髄塾が戻ってきたようで、とてもうれしかった。

茶事はとても体力、気力がいるので、もうそんなに長くは出来ないと思うと、妥協はしないで自分が信ずるところの茶の道を発信してゆかなければと。
また、機会があれば、カルペディエムや、もう一ケ所お声をかけていただいている八尾の茶室で、本気で茶道に取り組む人たちのための茶事の勉強会を開催してゆきたいと思っています。

夏の終わり、野分、お茶の侘びの心を感じることが出来る茶事ができました。
お正客を勤めてくださった方は、まだお茶を始めて間もない方でしたが、
茶事の世界をしっかりと受け取ってくださいました。
野分の去った後の風情をあらわした後座の床の花に、命の力強さを感じるといってくださいました。
雨風に打たれた、落ち瓦に、無残に折れた草花。叩かれても起き上がろうとするものたちの姿です。
薄茶の茶杓は、亭主役が間違って水屋茶杓を持ち出してしまいました。機転で、自作でございますと応えていただき、正客さんに銘を付けてもらうことに。太陽のように明るい亭主にちなんで「台風一過」と言う銘を即興で付けてくださいました。台風の後は、何もなかったようにあっけらかんとした青空が広がり、太陽が顔を出し、小さな鳥や虫たちも元気を取り戻す。
世界も人生も再生が出来るのだと、ちょっと胸の鼓動が大きく響いたような、そんな一日でした。

震災直後のお茶席

2011年04月11日 12:55

3月31日、カルペディエムのイベント。
山本能楽堂さん主催で、大阪の粋を楽しむ一日です。
能は山本章弘さん・落語は桂春蝶さん・浪曲は春野恵子さん・花は松井玉甫さん・そして茶席は峯風庵 庵主の私です。
きれいなチラシも作っていただきました。
http://www.tsubutsubu.net/data/carpediem_omote.pdf
http://www.tsubutsubu.net/data/carpediem_ura.pdf

3月31日大阪の粋

3月31日大阪の粋

3月31日大阪の粋



桜の古木にもちらほら、つぼみのほころびが見られる温かな、穏やかな一日でした。
カルペディエムのご近所さんへの一般公開もしていましたし、公演のお客さまも、どんな方々がこられるのか・・・。
茶席の対応は万全にしておかなくては。
こんなとき、弟子をとらない社中をもたない席主と言うのは、たいへんなのですが、インターネットのおかげで、茶友が駆けつけてくださり、チームワークも抜群。せめて気持ちだけ、お昼には管理人さんのお母様が経営されている洋食屋さんから手作りのお弁当。母の愛を感じるような美味しいお弁当で、大感激。このお弁当に一番反応したのは、何を隠そう、私です。笑。
3月31日大阪の粋


お茶がはじめてのお客さまにも、茶席を楽しんでいただけました。
それぞれの和文化に興味がある方がこられたのだとは思いますが、あれだけ、お茶がはじめての方ばかりのお茶席と言うのも初めて。
3月31日大阪の粋

3月31日大阪の粋

和文化に携わる、和文化に興味を持つ方々は、和文化の素養として、お茶にも少しはなじんでいらっしゃるかと思っていましたが・・・。
和文化の世界は蛸壺化しているのかも。
今回のイベントは、和文化のいろいろを一度に体験できという、面白い試みでした。

大震災の後で、華やかなイベントは少々気が引けたのですが、床には「神」の文字。そして、大きく桜の花を入れました。
香合は「空」の文字がはいった萩焼きのもの。
3月31日大阪の粋



桜は大和言葉で「神様の美しい魂が宿る場所」と言う意味があります。
日本人と神、あらぶる神、自然とともに生きてきた日本人、あるがままに受け入れるという生き方、色即是空などのお話しているうちに、被災地の方々のことが頭をよぎり、泪がこぼれてきました。

私は、お茶の水屋のことを水谷と書くことがあって、皆さんに不思議がられていたことがありました。
もともと、茶人は谷川の水を汲んだり、山も湧き水を汲んで、山で炭を焼きお茶のための湯を沸かしていました。侘びた茶室のバックヤードは、谷だったので、水谷と昔は書いていたそうです。自然あってのお茶です。
経済発展、文明が進んだ世の中で、水を汲んで、炭をおこす、暗くなれば蝋燭の灯りで過ごすなど、何をやってるのかとお茶をされない方々からは言われることがあります。
被災地でも、電気も水道も復旧しない場所で、お茶一服で、心の渇きを癒されておられる茶人さんがいると聞きました。

今回の災害で、私がお茶をしているのは、たぶん、こんな考え方もありますよ、こんな方法もありますよ、こんな生き方もありますよと、少し進みぎみの世界に、もう少しゆっくりでもいいんじゃない、もっと大切なものやことがありますよと、自分自身でも思い、また、メッセージを発信したかったからではないのかと。
伝統や文化にたづさわる者がいて、少し、世の中のバランスが取れているのではないかなと、ちょっと思ったイベントでした。

<和の心 ホームページ>
http://www.wa-no-kokoro.jp/


未来のどこかで<和の心>峯風庵

2010年09月17日 14:39

大阪谷町の峯風庵を閉めるとき、数年はお茶から離れる覚悟をしていました。
思わぬことに、峯風庵を閉めるのなら、ぜひ、日本庭園の茶室で茶事を教えていただけませんかと、とのお申し出。
日本庭園内の各施設を運営している会社からのご依頼でした。この会社は、私の本業のマーケティングのプランナー&プロデューサーとしての仕事でもすこしかかわりのある会社で、話はとんとん拍子に整って、2009年7月から、汎庵茶事講座がスタート。

また、20010年3月からは、これもご縁があって、緑橋の昭和の邸宅CALPE DIEMにて峯風庵茶道塾を復活させることができました。
峯風は「ほーぷ」と発音します。英語のHOPE=希望の意味も込められています。峯を渡る風のように、自然体で爽やかで、何ものにもとらわれない心・・・。峯風庵は、私のお茶や人生の原点です。峯風庵の名前と心は、これからも大切にしてゆきたいと思っています。

本業のプランナー&プロデュースのほうでも、これからの日本や世界にとって大切な、持続可能な社会への架け橋作りに取り組もうと、日本の故郷のような田舎によく出かけています。いつか、どこかで、本業とお茶がつながって、裏の畑で取れた野菜で懐石料理を作り、囲炉裏のお茶でおもてなしできるような終の庵「峯風庵」が持てるよう、日々精進してゆきたいと思っています。

現在進行形のお茶ライフ、 
そして、未来のどこかで<和の心>峯風庵の設立を目標に、
日々、精進してゆきたいと思っています。

<和の心< 茶道・茶事・茶人の世界ホームページ
http://www.wa-no-kokoro.jp/

 



峯風庵の閉鎖

2010年09月17日 01:14

スタート写真
何かとバタバタして、いくつか管理運営しているホームページのうち、本当は一番大切にしたい私自身のHPを、数年間ほったらかしにしていました。
ようやく重い腰を上げて、作り変えることに。
まったく新しいスタートを切ろうかとも思いましたが、私の人生の多くを、そしてお茶との深い関わりを持った、大阪谷町のビジネス街の真ん中のビルの3階にあった、ちょっと不思議なお茶空間「峯風庵」のこと、そして峯風庵の活動を引き継いで、展開している現代の活動、そして、未来の峯風庵への思いも、盛り込むことにしました。
先ずは、峯風庵閉鎖のときの心模様を書き記しておこうと思います。


2008年12月
今年が暮れてゆきます。
峯風庵を開いて7年余り。残念ながら、来年3月末を持ちまして、閉鎖させていただくことにいたしました。

来年3月末までは、残された一日一日をかみ締めながら、峯風庵の催しを開催いたしますので、ぜひ、万障お繰り合わせの上、峯風庵に名残を惜しみにいらしていただきますよう、お願いいたします。

峯風庵は、茶道・茶事をメインに和文化を通じて、心を育てること、人として、その本分を全うしながら、「よく生きる」ということを発信し続けてまいりました。
茶道は、400年まえに集大成された、日本のLOHAS。宇宙観を核に、自然の恵みに感謝して生き、季節の移ろいや文化を心から楽しみ、人やものを互いに生かしあい、凛として生き抜くということ。
茶道は人としての生き方であるため、手抜きをすることができず、峯風庵の催しを続けるために、多くの時間と労力が必要でした。

訳あって高額のお家賃で借りていた峯風庵。茶道関連の催しでは、とても維持する経費は出てきません。すこし無理をすればどなたにでも参加していただけるような会費設定をと思っておりました。気軽なだけ、いいとこだけのつまみ食いでは、お茶の本来の姿はわかりません。これでよかったのかどうか、私にも解りかねるところです。
催しが満席になれば、その催しにかけた日数の会場の維持費の日割り分くらいを皆様にご負担いただければと考えておりました。お茶業をやっていたわけではなく、あくまで、巷の茶人として、お茶に取り組んできましたが、茶事のお誘いのお声かけをしても返事も下さらない方も有り、ずいぶん哀しい思いもいたしました。

また、プランナーという職業ゆえか、皆さんに楽しんでいただきたいと思う私のサービス精神ゆえか、峯風庵サプライズと呼ばれる趣向の数々も生み出してしまい、すこし、私のお茶がうるさくなってきているのではないという反省もあります。素のままのお茶に戻りたい。お茶に説明や解説などしたくない。
峯風庵の水屋の衝立には、この建物を建てた建築家の殴り書きがあります。
「茶濃味知波 古居路爾都多遍 眼仁津大変 
 身々丹通他辺天 此登普伝模南志」
 
本業の仕事に割く時間も圧迫されて、どちらも中途半端になってしまいました。こんな訳で、ひとまず、仕事の建て直しを優先することに、心を決めました。

狭い茶室から出て、茶道が目指すところを広い世界で発信してゆくために、今年5月に、持続可能な社会への架け橋づくりのための、地域に活力クリエイティブファンド協議会(LLC法人)を立ち上げました。
しばらくはこちらの仕事に専念する所存です。

数年後には、また、形を変えて、茶道にも戻るつもりでおりますので、ご了承くださいませ。今度お茶に戻るときには、勉強会や塾ではなく、私本来の、素のままのお茶をご一緒に楽しんでいただけるような、田舎家で手料理をお出しし、囲炉裏端で、お茶一服など思い描いております。

<和の心< 茶道・茶事・茶人の世界ホームページ
http://www.wa-no-kokoro.jp/



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