2月の塚口真庵 茶飯釜の茶事勉強会のレポです

2017年03月06日 18:43

茶飯釜・正午の茶事の勉強会、26日28日両日ともに、茶釜で美味しくご飯が炊けました。「草の戸や 住替わる代ぞ 雛の家」松尾芭蕉の俳句を茶事の世界に閉じ込めました。四畳半茶室の釣り釜、f分の1の揺らぎの心地よさ。真庵をお借りするときに、釣り釜が使えるように工事をお願いして本当に良かった。
写真は二日分を混ぜてご紹介しています。

さて、この日程の茶事ですから、テーマは雛祭りかなと考えていたのですが、初日の亭主役の方が武道家でライフコンサルタントの男性です。可愛いだけの雛祭りでは、どうも似あいません。茶事の世界を用意する影の亭主の私にも似合わないなあと。
2月の初めに、東京での茶事にお招きを受けました。大阪の片田舎の富田林寺内町からは前日入りしなくては間に合いません。で、前日に、6代乾山・三浦乾也の足跡をたどるために、隅田川のほとりの言問団子の店を訪れました。ずいぶん昔に、信楽の骨董店で、乾也のこの時期に使える貝合わせの向付を求め、とても気に入っていましたので。乾也は明治の初めに京都から隅田川のほとりに移り、都鳥の文様が特徴の言問焼きをはじめており、言問団子のお皿として使われていました。
その時、ハタと思いつきました。隅田川のほとりには松尾芭蕉の草庵があり、奥の細道の旅に出る前に、この家を小さな娘を持つ家族に貸します。「草の戸や 住替わる代ぞ 雛の家」この俳句を詠んで家に張ってから去ったといいます。ここから、瞬く間に茶事の世界が見えてきました。私には、ほんまにお茶の神様がついていてくださると思います。今回もこの時点でいい茶事になると確信。

この季節、春を待つワクワクする思いもありますが、季節の変わり目には侘びを感じます。茶事は、ただ楽しいだけではなく、心を深く、豊かにする場であってほしいと願っています。ただ楽しいだけのスノッブな遊びであれば、私はお茶を続けていなかったでしょう。お茶でしか味わえない、お茶でしかたどり着くことのできない世界を茶事でお届けしたいと願っています。
松尾芭蕉の句からは、鴨 長命の方丈記にみられる諸行無常の世界観も感じとれます。元禄2年、西行法師500回忌の年に、芭蕉は奥の細道の旅に出ます。芭蕉は西行を師と仰ぎ、私の住む寺内町から程近い、西行終焉の地の弘川寺にも足跡を残しています。
奥の細道の序文「月日は百代の過客にして 行きかふ年も又旅人也」。人生もまた、旅。一日一日の生も、また、死に向かって歩む道。

茶飯釜は、茶室の中でご飯を炊くという楽しい茶事ではありますが、「飢来飯」「渇来茶」という仏性とも思える心が込められています。ご飯を大事にいただくという気持ちも生まれます。楽しい中にも、ご参加の皆様にはそれどれの気づきや思いが生まれたようで、勉強会が終わって、素晴らしいお礼メールが次々に届きました。
私も、感激で、疲れも吹き飛びました。
いつもと違う懐石の進行に、水屋コースの方々は大変だったことと思いますが、水屋の働きがあって茶事は首尾よく進行します。懐石やお菓子作りも、実はスタッフで作ってしまう方が楽なのですが、しっかり大変な部分も体験していただくことで、実際に茶事ができる人が育つ勉強会にしたいと思っています。客コースの皆さんも、今回は、亭主を助けて火吹き竹で炉の炭を吹き火力を上げてご飯を炊き上げるという作業に、「ああ、茶事は亭主と客が一緒に作り上げるということがよくわかりました」と。宇宙観で構成された小さいけれど、限りない広がりを持つ茶室に、その日の世界を持ち込み、亭主、裏方、客というそれぞれの役割を、人を思いながら、よき生き方の探求として実践することで、良き社会の縮図を作り出し、互いに高みを目指す。これが本来の茶道・茶事の意味や意義かと思います。

初座の床には「風吹南岸柳」の禅語をかけました。これは「雨打北池蓮」と対句になっています。同じ時節でも、南の地では優しい春風が柳を吹き、芽吹きを誘っていますが、北の地では冷たい雨が強く蓮を打つ厳しい状況があります。禅の世界では、何事もあるがままに受け入れることが大事と諭されていますが。私は、お茶で高みを見た人は、宮沢賢治みたいですが、苦しんでいる人、悲しんでいる人があれば、そばに行って寄り添い、またすべての人の幸せのために、自身でできることはできるだけでいいので力を発揮する。それが茶人というものではないかと思ったりしています。おなかがすいた人がやって来たら、どなたにもご飯を差し上げましょう、のどが渇いた人が来られたら、どなたにもお茶を差し上げましょう。茶飯釜の心です。

さて、準備が整い茶事が始まります。待合には、芭蕉の旅姿の色紙。初入の床には都鳥の香合を飾りました。後入の床にはお雛様。花入は旅枕です。
当日の茶事の模様は、初日にお付き合いいただきました映像作家で大学教授のFさんが写真を撮ってくださいましたので、いつもより数段素敵な写真がとれていますので、二日目と合わせて、ご紹介します。壊れかけのカメラで、いつも写真が悪いのはカメラのせいにしていましたが、やっぱり腕がないんですね、私。(-_-;)

釣り釜の茶事は、本当に素敵なので、3月にも真庵で釣り釜の茶事を開催させていただきます。桜の頃・正午の茶事。3月はちょっとこむづかしいことは置いといて、ただただ、ゆったり、釣り釜の揺らぎに春を感じて、それぞれの櫻の情景をお楽しみいただけるような茶事にしたいと思います。3月26日(日)27日(月)二日間続けて開催させていただきます。遠路の方は、一日はお客さん、もう一日は水屋でのお勉強をされる方もいらっしゃいます。

塚口真庵茶事勉強会 開炉・正午の茶事の茶事 レポート

2016年12月06日 23:06

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茶事に呼ばれたら、出かける前に硯と巻紙を用意して、帰宅したら帯を解く前に礼状を書くと習ったことがありますが、私は数日、その日の茶事の余韻を楽しんからにすることが多いです。その間に、じんわり心に届いてくるものもあるので。
先日の塚口真庵開炉・正午の茶事の勉強会のレポが遅れましたが、そろそろ発酵してきた感じです。(^_-)
茶事は勉強会といえども、きちんと時間内に収めます。限られた時間の中で、亭主も水屋も、もちろんお客様も持てる能力のすべてを使って、一期一会の茶事の世界を素晴らしいものにできるように。
2日とも後炭の後、釜の煮えが落ちることなく、正午席入りで午後4時に残心の時を迎えました。残心とは茶事の最後の挨拶をお客様一人一人とか交わし、お客様が退席された後、亭主はすぐににじり口を開けて、無言でお客様をお見送りすること。その時に、名残り惜しい思いがするような茶事にしなくては。今回のレポの1枚目の写真は、その残心の写真にしました。ここで、亭主は万感の思いに涙することも。美しい光景です。
薄茶が終わって、最後の挨拶では、お客様はその日に心に響いたことを一言添えて亭主と言葉を交わしてほしい。
1日目のお客様の中に「最後の紅葉狩りをさせていただきました」と、2日目のお客様の中では「大きな炭に火がついて、開炉の喜びが思わず湧き上がってきました」と。
亭主役の方はいらっしゃいますが、茶事の準備をしている影の亭主は私なので、いずれもとてもうれしかった。
昨年は手足の骨折のため、紅葉のシーズンを楽しむことができませんでした。今年は紅葉のシーズンを楽しむことができて、とてもうれしくて、今回の茶事ではあちこちに紅葉を散りばめました。また私は、自身の茶人としての生き方として口切の茶事はしないことにしているので(初夏に摘んだ茶葉を山で寝かせて、11月に手元に・・という環境にないので、お茶屋さんにその日のために摘めてもらうのは、どうも、嘘っぽいように感じてしまうので)11月はいつも炉を開く喜びを皆さまとご一緒にと。炉の炭の大きさに、その火力で煮えのついた釜から立ち上る昇り龍のような湯気に毎年、なんだか感動します。
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床には「松樹千年翠」大徳寺 弧逢庵の卓厳和尚のお筆です。今年の開炉の茶事では、待合に利休道歌の「規矩作法 守りつくして破るとも 離るるとても 本を忘るな」の色紙。改めてお茶について、それぞれが考える機会になればと。大徳寺で、一休和尚と村田珠光が出会っていなければ、茶道に精神が宿ることなく、単なる遊興の文化になり果てていたかもしれません。「松樹千年翠」には対句があって「不入時人意」とあります。松の緑は千年も変わらず美しい緑をたたえているが、それを見る人はその美しさに気がつかない。美しいものやことに気がつける自分になれるように、日々心を磨けるのがお茶ではないでしょうか。この語は続伝灯録という禅の書物にあるのですが、伝灯という言葉をよく私は使います。古き良き伝統を次の時代の人の心に灯を灯すように伝えてゆくには、現在の油を使わなくては灯を灯し続けてゆくことができません。今年も除夜釜がかけられないので、残念なので、ここで書かせていただきますが。行く年の炭の火種で炭手前をして、くる年の若水を釜に入れて湯を沸かす。伝統をつないで新しい息吹をいれてゆく。これも伝灯に通じます。
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これからのお茶は、さて、どのようになってゆくのでしょうか。今年の茶人の正月への私からのメッセージです。
口切はしないとはいえ、お茶の心が生きるよき文化なので、席中では口切のお話はさせていただいています。皆さまも口切の茶事はどこかで体験はしてほしいとも思います。
初炭で使った香合は、織部の久寿屋です。田舎の粗末な家を模したものですが、茶人の正月によく使われる織部香合に、この字を当てたのかと思います。この香合が後の懐石の八寸の栗と主菓子に添えた柿の話につながってゆきます。
シンフォニーのように時間の経過に沿って茶事の世界が完成してゆきます。心の琴線が小さな音を奏で、次第に大きな感動が生まれます。茶事って、本当に素敵ですね。
茶事は、そこに参加した人にしかその醍醐味は伝わらないのですが、諸事情があって参加できなかった方にも、少しお裾分けがしたいといつも思い、レポをしています。お茶の魅力を伝えてゆくのは私のライフワークですし、こうして公開することによって、私はまた更なる創造へと歩むことできます。茶事をするようになって25年になりますが、毎回まったく同じことはしたことはありません。お客様を思い、一期一会のおもてなしをと務めています。茶事は創造してゆくことに醍醐味があると思うのです。
i一日目の27日はあいにくの雨でしたが、お茶を初めてまだ4年目というご亭主の凛とした濃茶では、釜の奏でる松風と、濃茶を練る茶筅の音、そして、雨音が、至福の時を刻んでくれました。その日のもう一つの本日の感動。お客コースで参加していただいた、Nさん。何と二日前に転倒して右手首骨折。ギブスをはめてのご参加。ありがたいと思います。亭主はお客様によろこんでいただきたいと、一期一会の茶事の世界をご用意します。ギブスのお客様も、それがわかっていらっしゃるので、無理を押してご参加いただいたのだとおもいます。水屋ではこのお客様に大小二つのスプーンを膳に用意してくださいました。席中では、正客が隣のギブスの連客を気遣って、何かとサポートをしてくださいました。人を思うことが、茶事の第一歩です。ほんとうに、うれしかった。こんな茶事の勉強会を開催させていたいただけることがとても幸せです。

では、今回の茶事の勉強会の写真をお楽しみくださいね。写真は27日と29日のものを一緒にアップさせていただいています。
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9月塚口真庵夕去りの茶事勉強会レポ

2016年10月05日 15:21

9月の塚口真庵 夕去りの茶事勉強会。無事2日間終了しました。
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「月を待つ」と題しての夕去りの茶事。夕去りの茶事は通年、開催することができるのですが、夕暮れが去ってゆく時間に開催して、茶事が終わって露地に出たら、お月さまがぽっかり見える(かもしれない)お月見の頃が一番、ふさわしいように思います。
茶事の一期一会が、とても大切なものであることを、時の移ろいがはっきりとわかる夕去りの茶事が教えてくれます。
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月はそれぞれが目指すお茶の道の先にあるものに例えられます。今回の茶事では、ご参加の皆さまそれぞれの月が現れるのを、焦らずに時間をかけて待ってくださいねというメッセージも込めたつもりです。
人生にはいろいろなことが起こり、続けたくてもお茶をいったんお休みしなくてはいけなくなったり、家族の介護やお世話で参加したくても、茶事の勉強会に参加できない状況にある方もたくさんいらっしゃいます。
茶事や茶懐石のレポートは、お茶の魅力をお伝えしてゆきたいと願う私のライフワークの一環でさせていただいています。実際にご参加いただき受け止めてくださることの10分の一、二十分の一もお伝えできないかもしれませんが。参考になれば幸いです。
写真は2日間のものが混ざっています。25日は席入り4時で、27日は夜にお出ましにくい方のために正午席入りで、電気を消して夕去りの流れを体験していただきました。
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夕去りの茶事は、初座が陽で、床には花を。花が印象的に、お客様の心に届きますように・・・。
茶室に花を入れ、香を焚いてお客様をお迎えするのは、神様、仏様と同じくらいにお客様を大事に思ってお迎えしていますよという亭主側の気持ちです。
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月見の宴をイメージして、花は鼓の胴に入れました。昔、長唄の鼓の稽古をしていた時の物です。何でも置いておくと、お茶で役に立つことがあります。(^_-)
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夕飯には時間がありますので、風炉ではありますが先に初炭手前を。お客様が預かってくださった香合。可愛いでしょ。これがしたくって、バリ島のこけしを加工した兎香合です。
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懐石は、少し軽めにご用意するものですが、やっぱり心づくし。
向付はヒラメの昆布〆菊花和え、汁は薩摩芋、鳴門金時です。
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煮物椀は、月真蒸に松茸、菊菜、芝に切った柚子を添えて。そうそう、兎の形に作った車海老も入れてしまいました。
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焼き物は秋鮭利休焼き、強肴は焼き椎茸、梨と菊菜のみぞれ酢和え、八寸は、秋刀魚のケシの実まぶしと枝豆です。湯斗と香の物をお出しして、この時に、ほっこりおなかと心があたたかくなるようなお料理が茶懐石です。
主菓子は、兎上用饅頭。これも水屋コースの皆さんの手作りです。
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中立では、露地に蝋燭。27日には鐘を打ち残して、手燭の交換もしていただきました。昼間で蝋燭の風情がない分、いろんなことをしてもらおうと。
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後入りの床には、墨跡。「吾心似秋月」大徳寺 高桐院 剛山 和尚の書です。手燭を添えています。
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短繋と手燭の灯りで濃茶、続き薄茶。稽古茶事ではありますが、四畳半茶室では、みなさんの心が寄り添うようで、暖かな気持ちがいったりきたり。たぶん、むつかしいことは言わないでも、茶事の何たるかが、皆さんには理解できたことだと思います。
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待合から、腰掛待合、露地、初入り、後入りと、シンフォニーのように道具組をしてゆきますが、本日は、月と兎の意匠を重ねることで、主題を感じていただきました。
仏性の悟りである「帝釈天と兎」のお話もさせていただきました。
美しい、そしてちょっと物悲しい、月を待つ茶事。
お楽しみいただけたら、幸いです。
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そうそう、27日の正客様から、床の花にしゅうめい菊が入っているのを見つけて。しゅうめい菊の花言葉を教えていただきました。なんと「忍耐」だそうです。勉強会のことゆえ、何かとおめだるい点も多々あったことと思いますが、どうぞ、こらえてくださいね~~。これ、使えますね。(^_-)
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6月の塚口真庵茶事勉強会 飯台の茶事のアレンジで

2016年07月10日 01:55

水無月の塚口真庵茶事勉強会、ご亭主役の方が二日とも素晴らしくて。
真庵の庭の風情も素晴らしくて。
懐石料理が自分で言うのもなんですが、とても良い献立になりました。
体調が万全ではなかったので、頭ふらふらしながらの開催でしたが、師匠から、命を懸けるくらいの気持ちで茶事には取り組みなさい、四畳半の茶室の中には禅寺の七堂伽藍が入るくらいの大きな茶事をしなさいという言葉を思い出しながら・・・。伝えられたお茶の心を少しでも皆さんにもお伝えしてゆきたいと。
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田植えの終わった田んぼの稲たち、小さな生き物たち、そして、私たち人間にとっても、恵みの雨。慈しみ深く振る雨に、心もすっかり洗われます。
ご参加いただいた方から次々に届く、お礼や感想のメールを読みながら、昨日今日とゆっくり過ごして、体力も気力も戻ってきました。

「ご用意いただいたプラチナ箔のお棗が、私には、蓮の葉に集まる雨粒の光のようにも見えて、とっても清らかで涼しげで、そして尊くて、この世の美しいものの代表のように感じました。
少し離れて眺めていると、プラチナにうっすら木目が透けて見えます。その木目の流れも美しく、丁寧な職人さんの手技と愛を思い、うっとりしておりました。」
メールの一部を引用させていただきますが、このように感じ取ってくださって、なんてうれしいことでしょう。この方は、翌日の早朝に自転車を走らせて蓮の花が開くのをご覧にいかれたとのこと。蓮池に蛙が乗っている水指と棗、たぶん、お床の「行雲流水」 花入れの魚籠、タピオカの雨粒を閉じ込めた主菓子「雨音」、水と魚の干菓子などが繰り広げる、雄大な自然、そして循環などのイメージが、茶室いっぱいに広がっていたせいでしょうか。
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茶事の道具はすべてお客様のためにご用意します。一つ一つ、心を込めて。貧乏茶人なので、高価なものはご用意できなくて申し訳ないのですが、それぞれの道具が語り掛けるものやことを、心に泊めていただければ幸いです。
以前に、峯風庵の気軽な500円茶会にいらした方が、見るべき道具は何もなかったとFACEBOOKに書かれて、ため息ついたことがありました。道具の向うに何を見るかは、客人の力量でもありますよね。(^_-)
ちょっと気分のだれるこの季節には、見立ての茶道具を使って、ちょっとハッとしていただく工夫も。でも、見たとたんに見立てとわかるくらい奇抜なものや気をてらったものは、ちょっと考えもの。今回は、以前、京町家の活性の仕事で、バリ島の見立ての茶道具などを扱う「茶飯(チャハン)」というお店と「数寄好き(スキスキ)」というギャラリーをしていた時の名残りのもの。
露地の煙草盆と火入れ、水指、茶入、魚籠の花入れがバリ島の雑貨です。
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恵みの雨とはいえ、梅雨時は少しうっとおしい気分になることも。懐石で時間をとってしまっては濃茶まで気持ちがだれてしまいます。6月にはいつも伏せ傘懐石にして、飯替え、汁替えを省略しますが、今回は飯台の茶事のアレンジで、四つ椀を重ねて持ちだし、向付も取り回し、かないろで汁も取り回し。汁椀の蓋が杯になるので、お酒もたっぷり召し上がっていただけます。秋田から「高清水」という耳に清かなお酒を取り寄せました。
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茶事の勉強会では、私も学ぶところが多いのですが、今回は点前について、考えさせられました。プランナーなので、茶事の世界を作るのは得意ですが、日ごろ点前稽古をしていないので、口であれこれ言うのはできても、自分では実は点前が苦手です。
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26日の亭主役の方の点前は、どこまでも誠実で優しい点前。28日の亭主役の方は、スカッとキリッとした潔い点前。いずれも、素敵で、勉強会なのであれこれ解説を入れるのですが、解説を入れないで、亭主の点前だけで茶事を進行してみたかったです。
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茶事が終わって、亭主の美しい点前が一番心に残ったというのは、茶事では失敗だと師匠にはよく言われていました。点前はあくまで手段であるので、茶事の本質を差し出すこと。なので、見せることを意識した点前は厳禁で、自然に流れるように~~と教えられましたが。やはり美しい点前は、見ていて気持ちがいいものですね。私も、もうちょっと精進しなくては。(-_-;)
台所や半東さんも、皆さん腕を上げていかれて、うれしい発見でした。
私の体調を気遣って、頑張ってくださったということもあって、皆さんのお気持ちが、とてもありがたく感じる茶事の勉強会でした。
6日のじないまち物語・狐伝説 夕去りの茶事と同時進行で準備を進めていましたが、これで、6日に向けて集中して心を込めてゆくことができます。
茶事は、本当に素敵で楽しいことですね。
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塚口真庵茶事勉強会 茶飯釜の茶事

2016年03月08日 00:09

今年も寒い季節に、心温まる茶飯釜の茶事の勉強会を開催することができました。
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今年はお水取りの世界をご用意しようと思っていました。
一番うれしかったのは、仏の供養に、須弥壇に供える散華ができたこと。
今年は椿が少なくて、花托鉢をしても少ししか集めることができませんでした。
ご縁というのか、お茶の神様のご加護なのか、茶事の当日には、いろんな種類のとても美しい椿をたくさん届けてくださる方がいて・・。
ご参加の皆さまに、美しい散華の光景を目に焼き付けていただくことができました。
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初座の床には、黄檗山 行朗和尚の墨跡「心明似鏡 願深如海」をかけました。菩薩さまは、鏡のように曇りのない心で、衆生を救いたいと、海のように深い願いをもってくださっているという、ありがたいうお言葉です。
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奈良東大寺二月堂で執り行われるお水取りは、正式には、十一面観音菩薩悔穢といい、二月堂のご本尊の十一面観音に懺悔をし、天下安穏、五穀豊穣、万民快楽などを祈る行事で、1250年以上も毎年かかすことなく続けられている行事です。
本行は3月1日から14日までですが、2月から準備のためのさまざまな行がおこなわれているそうです。大きなお松明が振りかざされる中、俊敏に走り、激しい五体投地の行を行う、連行衆の祈りを、ありがたいと思います。私は宗教は持ちませんが、宗教を生み出した人間の思いを愛しく、感じます。

茶飯釜の茶事という楽しくて、砕けた茶事にはテーマが重すぎると思われるかもしれませんが、茶飯釜はただ楽しく、酔狂な茶事ではないと、私は思っています。
茶飯釜には「飢来飯」「渇来茶」という文字が刻まれています。おなかがすいた方にはどなたにもご飯を差し上げましょう、のどが渇いた方にはどなたにもお茶を差し上げましょう。菩薩の心に通じるものがあります。
お茶は自身の楽しみにとどまらず、人や社会を思い、自身の持つ能力を最大限に生かして。自身のためにも他人のためにも能く生きるというのが茶人としての生き方です。茶室の中だけがお茶ではなく、茶室で磨いた感性や知性や優しさは、社会の中でちゃんと生きなければ・・・。お茶の啓発活動をライフワークにしている私の祈りです。

さてさて、21日23日と二日間開催させていただいた茶飯釜の茶事。両日ともに美味しいご飯が炊けました。いつもより多くの炭を入れ、主客で力を合わせて火吹き竹で風を送り、炭の火力を上げると、しばらくすると釜の中でゴトゴトとお米の踊る音が聞こえます。吹きあがったら、鎖を上げて火加減をして、湯気が収まったら、ご飯の炊きあがりです。出来上がったご飯は、天地の恵みの象徴のように、茶室の中に現出します。感動的です。一口召し上がっていただければ、その美味しいさにびっくりされます。
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ご参加いただいた方から、こんな素敵な言葉をいただきました。

「たくさんのお炭をついで、日本人の命の糧となる水と米を炊く。
米という食材から「ご飯」へと生まれ変わる瞬間を
皆で共有できるということは、
美味しいとか風情があるだけでなく、
自然からの恩恵を、直球で勝負されているようで、
大きな意味があるなぁと感じました。」

こんな風に感じていただけたこと、とてもうれしいです。

ご飯が美味しいのは、お米も炊き方もですが、そこには、亭主の心がこもっているから。茶飯釜では、亭主が水屋に下がる時間が少なくて、茶室でいろいろに気働きしますので、客はその姿に、ありがたさを感じます。いつもの茶事以上に。これは茶飯釜ならではのことかと思います。

ご飯の炊ける香りを楽しんでいただくために、香は焚かずに、床に香合を飾っていたものを、ご飯が炊ける間にご覧いただき、次に膳を持ち出します。

お寺の行事にちなんで、向付は精進にして、生湯葉と焼き椎茸と三つ葉に加減醤油をかけて、季節の蕨を添えました。先に、八寸とお酒もおすすめしました。若狭から、二月堂の閼伽井屋の井戸に水が送られ、香水として仏に供えられる行事がお水取り。八寸には、若狭カレイをご用意しました。お酒は奈良から取り寄せた梅の宿の大吟醸です。汁は、金色という口付の鍋を、釜を下した後にかけ、温まったらとりわけます。煮物椀は、二月堂におわします日光菩薩・月光菩薩にちなんで、日月椀を使いました。春の訪れを感じていただけるよう、貝柱真蒸にウドと蕾菜を添えました。焼き物は鰆。強肴は、汁の後に鉄鍋をかけ、熱々をお出しします。芹の香りもご馳走です。
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主菓子は蓬をたっぷり入れた、銘「若草山」。水屋コースの方々の手作りです。

後座の床に、椿の散華。
濃茶や薄茶の道具組は、初座の少し浮ついた気持ちを引きずらないように、また、床の花を生かすために渋めに取り揃えました。
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お水取りにちなんで、釣瓶の水指、濃茶の茶碗は井戸です。茶杓の銘は「お松明」。茶入は少し時代のある膳所です。

茶飯釜をすると後炭が楽しみです。普段は胴炭が残ってなかなか輪胴が入らないのですが、火吹き竹で吹いた炭は、すっかり痩せていますので、道炭を割って、輪胴が入るスペースを作ります。輪胴は表面積が大きいので、すぐに火が移り、パチパチと火の粉を上げます。「ああ、まるでお松明を見ているようだ」と、お客様。こんな反応が、茶事らしくて好きです。
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関西では、奈良のお水取リが終わると本格的な暖かな春がやってくると申します。
薄茶では、水ぬるむ春の、水の落雁、春の芽吹きの州浜の蕨の干菓子。
棗は、黒が美しい面取り棗、石斎の作です。主茶碗は、赤膚の奈良絵茶碗、二楽 作。替は、鉄鉢の形をした 淡路焼 玄心 作。もう一椀、加藤春二さんの柳を。
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今回も、私が一番楽しませていただいたようですが、四畳半茶室の釣り釜の風情は、とてもここちよく、3月にも続いて、釣り釜にて正午の茶事の勉強会を開催させていただきたいと・・・。基本の正午の茶事を、ゆったりと落ち着いた雰囲気で楽しんでいただければと思います。ぜひお付き合いくださいませ。
3月27日(日)29日(火)、客としてご参加してくださる方各5名様、亭主、半東、台所役の勉強をしていただく水屋コースも各5名様、募集します。水屋コースの方も、懐石フルコース召し上がっていただけますし、後座からは一緒に席入りして、濃茶、後炭、薄茶、そして、私のお茶話をお聞きいただきます。
桜の季節の到来~~。さて、どんな世界をお届けできるでしょうか。


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